『熊本開幕戦〜1999・3月上旬〜』



撤退を始めた幻獣への掃討戦で活気付いているはずの、熊本県某球磨戦区に、突如 場違いな悲鳴が轟いた。
5121独立駆逐戦車小隊の司令官である善行は、慌てて通信機に手を伸ばすと、その 悲鳴の元へと交信を試みる。
「どうしました、3番機!速水くん、大丈夫ですか!?」
だが、3番機からの応答はなかった。代わりに新たな悲痛の叫び声が、指揮車の通 信機に届いてきた。

『お願い〜!舞、やめて───!』
『何を言うか、敵を殲滅させる絶好の機会だ。ゆくぞ、速水!』

それと一緒に、いやになるほど凛々しい少女の声も聞こえてくる。自分の鼓膜を刺激し た声を確認すると、善行はまたか、と大きくため息を吐いた。
「…えーと。士魂号3番機、猛スピードで敵陣へと突進していきました。機体強度や操 縦者性能などには、今の所何の問題もありません」
オペレーターの瀬戸口が、半ば投げやりに状況を棒読みで説明する。
「────判っていますよ」
そんな瀬戸口の報告に、善行は呆れながら言葉を返した。


士魂号3番機…通称「スピリットオブナイト(騎魂号)」は、あまりにも膨大な情報処理が 必要な為に、専用のオペレーターをつけた複座型で操縦される。
5121小隊が誇る士魂号3番機のふたりのパイロット…速水厚志と芝村舞は、初陣以来絶妙 なコンビプレイで、中々の戦績を打ち立てていた。
ところがある日。

「何なのだ、この脆弱な装備は!?」

相棒の速水が行っていた士魂号の装備を、そう言って一蹴した舞は、自分たちの上官にし て彼女の従兄でもある芝村準竜師に、新たな装備品を陳情した。複座型の華ともいえる ミサイルランチャーの弾薬に、キメラやスキュラなどのレーザー攻撃を無効にする煙幕弾頭。 ……そこまではまともだったのだが。
それらと一緒に「複座型専用」と小隊に送られてきた大きな長物に、事務官の加藤をはじめ、 舞を除く小隊の全員が、思わず我が目を疑った。
芝村一族の頭脳とテクノロジーを、壮絶に無駄遣いして作られたそれは、ひと振りの巨大
な釘バット…名づけて「超硬度大型釘バット」 であったのだ。
異様にデカい釘が無数に取り付けられた士魂号用の釘バット(…としか言いようがない)を見て、 舞は「これでよし」と満足そうに頷いていた。

「舞…一体、コレ何なの……?」
ハンガーで士魂号の調整をしていた速水が、青筋を隠しながら、震えた声で舞に質問していた 姿は、小隊の誰もが記憶に新しい。壬生屋は気の毒そうに速水を見つめ、滝川などは、
「いーなあ、あれ」と、呑気に複座型に取り付けられた釘バットを羨んでいた。


「3番機、ゴブリンリーダーを撃墜!でもって、ついでに隣のナーガも撃墜なのよ!」
コントローラパネルを見ながら、ののみが元気な声を上げていた。撤退する幻獣を破竹の 勢いで掃討する3番機によって、パネルに浮かぶ幻獣の赤いマーカーが、またひとつ消え ていく。
「いいんちょ…じゃなかった、しれいかん。あっちゃんとまいちゃんって、つよいよねぇ」
「……そうですね」
無邪気なののみの問い掛けに、善行は数秒の沈黙の後で、やがて小さく同意した。
ウォードレスの下で、胃がしくしくと痛み出す。
舞が手に入れた『超硬度釘バット』の威力は絶大で、おかげで5121小隊の被害率は、今の 所ゼロに等しい状態であった。他の部署も充実しているし、傍目に見れば、学兵を寄せ集め ただけの1小隊としては、文句のない出来栄えと褒められても良い。
だが、友軍からの評判は、はっきりいって芳しいものではなかった。
戦力としては最高なのだが、死ぬか生きるかの瀬戸際である戦場で、人型戦車が釘バット でミノタウロスを殴りつけたり、ゴブリンを弾丸ライナーでかっ飛ばす (註:普通、釘バットじゃ物は飛ばせません)姿は、他の兵士たちから見たら
「てめえ戦争舐めてんのか」
だの
「戦場でお笑いやってんじゃねーぞ」などと、酷 評の嵐なのである。
その度に、部下の『監督不行き届き』を指摘される善行は、説明に駆りだされ、結果芝 村一族の介入によるものだと知ると、「さすが芝村のいる小隊は普通じゃない」と嫌味 を言われる日々を送っているのだ。

「───はぁ。もう、関東に帰ろっかなー……」
マイクはオフになっていたが、ため息と共に漏れた善行のぼやきは、隣の席で情報を収集 している瀬戸口の耳にしっかり届いてしまう。
瀬戸口は聞こえないふりをしながら、そっと善行に同情の眼差しを送った。
その時。

『ちょっと、やめてよ舞!』

通信機のスピーカーから、新たな速水の悲鳴が入ってきた。
我に返った瀬戸口は、計器の上に置いてあったヘッドフォンを装着すると、マイクのス イッチを入れる。
「どうした、坊や!芝村も何があったんだ!?」


速水の抗議を無視して、舞は士魂号に新たなプログラムを入力している。
「───舞!いくら僕でもしまいには本当に怒るよ!」
ヘッドセットを外すと、速水は後席の舞を振り返った。穏やかな顔立ちが良く似合う 「ぽややん」の美少年は、気の毒にもここ数日の間で、すっかりこめかみの青筋が板に ついてしまっていた。
「何故、私がそなたに怒られなければならんのだ。今からミサイルを撃って、残りの幻 獣を殲滅させる。これに何の問題があるのか、私に判るように説明してみろ」
「やり方だよ、やり方!」
平然とした舞の言葉に、速水は益々声を荒げた。現在自分たちの3番機がいる地点から では、相当の距離を進まなければ、敵にミサイルは届かない。
それなのに舞は、僅かな距離の移動だけを入力すると、ミサイル発射の攻撃プログラ ムに切り替えていたのだ。
「…君が今プログラミングしている移動距離じゃ、普通に撃ったらミサイルは届かな いよね」
「そうだ」
「と、いう事は…まさかまた『アレ』をやるつもりなの?」
「…ほぉ、良く判ったな。流石は私の相棒だ」

予測はついていたが、のんびりとした舞の返答に、速水は操縦桿を握り締めた。ミシ ミシと物騒な音がする。
「いい加減にしてよ!本来ミサイルは、そういう使い方をするものじゃないでし ょう!?この前の戦闘で、僕らが友軍にどれだけ顰蹙買ったか忘れたの!?」
ミサイルを使った「あの」戦法を、速水は心底嫌そうな顔をしながら思い出していた。
舞が取った非常識とも言えるその戦法で、自軍の大勝と引き換えに、友軍のある意味絶 望の眼差しが、自分達の士魂号に向けられていたあの日の出来事が、悪夢のように浮か んでくる。
あからさまな速水の怒声を聞いて、舞は少しだけ顔を顰めた。
「…では、そなたは本来の使い方以外でミサイルを撃ってはならんと言うのか?それで は、目の前の幻獣をみすみす逃がす事になるのだぞ。それでも良いというのか?」
「そうじゃなくて……」
「やり方はどうであれ、幻獣を倒せばそれだけ人の生命も助かる。そうではないのか?」
「…!…君の場合は、ただ単にその武器(バット)を使いたいだけじゃないか!」
なだめる様な声に、速水はもう少しで舞の口車に乗ってしまう所であった。そんな自分 に心の中で舌打ちすると、今までにないほどきつい口調で声を張り上げた。
速水の抗議に、舞はぴくりと眉を吊り上げる。

「────やかましい!男が敵を倒すのに、ぐだぐだと文句をたれるでないわ!」

がんっ!

舞の罵声と共に速水の意識は、後頭部に衝撃と激痛が襲ったのを最後にぷっつりと途 切れた。
短く悲鳴を上げると、座席に崩れ落ちる。
『……3番機、3番機!坊や、どうした?芝村も応答しろ!』
舞がウォードレスに包まれた右手を振っていると、通信機から瀬戸口の声が聞こえて きた。
舞はスイッチを押すと、マイクに向かって声を出す。
「私だ」
『…芝村、今何があった?坊やはどうしたんだ?』
切羽詰ったような瀬戸口の問い掛けに、舞は暫し前席で失神している速水を見る。
やがて、視線を元に戻すと、
「…速水十翼長は、士魂号のGの影響を受けて、軽い脳震盪を起こしている。よって、 私が代わりにガンナーを務める」
『嘘こくな───っ!お前、今殴ってただろ!?すっげー音したぞぉ!』

戦闘中だという事を忘れて、思わず瀬戸口は大声を上げた。
瀬戸口のただならぬ様子に、ののみと善行が不審気な顔をする。
「…見てもいないのに、憶測だけでものを言うのはやめてもらおうか。とにかく、今 から残りの幻獣を殲滅にかかる」
短く答えると、舞は一方的に通信を切った。


若宮と来須は、ビルの合間をすり抜けながら、退却する小型幻獣を追い詰めていた。
それぞれの武器を構えると、阿吽の呼吸でゴブリンリーダーを銃撃する。
「一丁あがりだな!あとは……」
若宮の言葉をよそに、来須は自分のやや後方で何かが光っているのに気付いた。
「…?」
反射的に振り返ると、来須は自分の視界に、どデカい釘バットを携えて全力疾走をす る人型戦車が入ってきた。こんな非常識な士魂号は、熊本中の…否、この世界のどこ を探してもひとつしか存在しない。
『速水…?でも、この戦法は……』
「───どけ、来須!」
思案する間もなく、通信機から凛々しすぎる舞の声が聞こえてくる。
来須は無言で脇に避けると、砂塵を立てて目の前を通り過ぎていく士魂号を見送った。

士魂号3番機の最大の攻撃は、遮蔽物を無視して敵を撃つ事のできるミサイルランチャー である。
だが、今舞の操る3番機は、移動をしてもまだミサイルの射程は幻獣に届いていなかった。
「……ここだな」
それでも舞は、ヘッドセットの中で不敵な笑みを浮かべると、攻撃用のプログラムを実行 した。右手のジャイアントアサルトをポケットへ収納した士魂号が、『超硬度大型釘バット』 を左の神主打法のように構えだす。
次の瞬間。
ミサイルハッチから、野球のバッティングマシーンのように、ミサイルの弾が士魂号の目 の前に降ってきた。すると、釘バットを構えていた士魂号が、豪快にスイングをかます。
弾丸は快音を立てながら、前方で退却をするゴルゴーンの背中に直撃した。

「すごぉい!3番機、ミサイルでゴルゴーンを撃墜なのよ!」
指揮車の中で、ののみが歓声を上げた。そうしている間にも、舞の操る士魂号は、次々 とミサイルの弾頭を、幻獣に向かって打ち流していた。
その姿は、さながら地獄の「千本ノック」のようである。
「…3番機…キメラを撃墜、ついでにナーガも撃墜…ちなみに、あれは『ミサイル』っ て言わないんだよ、ののちゃん……」
「───やっぱり今回もやりましたか…」
今や、熊本中に轟いている「悪夢のあの戦法」と言われた士魂号3番機の勇姿(?)に、 瀬戸口と善行はげっそりと呟く。
そうしている間にも、予測もつかない方向から襲ってきたミサイル(?)になす術も なく、幻獣たちはノックの餌食になっていた。


数日後。
新しく届いたスカウト用ウォードレスの調整をしていた若宮と来須は、他の装備品に混 じって箱に収められた見慣れない武器を見つけた。

「何だ?これは」
不審に思った若宮がそれを手に取ろうとすると、背後から「コラ!」と鋭い少女の叱責 を受ける。
「私の武器に勝手に触るでない」
ふたりの前に現れた舞は、若宮の手から武器の入った箱を奪い取った。
「何だよ。ハンガーの備品はみんなのものだぞ」
「レーザーライフルやヘビーマシンガンなぞ、いくらでもくれてやる。だが、コレは 私の専用武器だ」
「……中身は何だ?」
来須の質問を聞いて、舞は嬉しそうに箱の蓋を開ける。好奇心に駆られて覗き込んだ ふたりは…────思わずその場に凍りついた。
「どうだ?美しいであろう?」
出てきたのは、3番機に装備されている『超硬度大型釘バット』の小型版である『超硬 度釘バット』であった。
このような物騒なものを片手に、頬を染めている芝村の姫君の姿は…はっきりいって怖 かった。

「ウォードレス用に、従兄に頼んでおいたのだ。なるべくなら避けたい所だが、万が 一士魂号が破壊された時にも充分戦えるようにな」
「…何かの為に備えておくのは、良い事だな」
「そうであろう?」

舞は上機嫌で、陽光に燦然と輝く釘バットを、2回ほど振り回した。
そして、ふと思いついたように口を開く。
「……待てよ。いっその事、スカウトに転向するというのも悪くないかもしれんな。 こいつの破壊力を実地で試す事が出来る」
舞の呟きに、若宮と来須のふたりは互いに視線を交わし合う。
「そうだ、若宮に来須。どちらでも良いから早く戦車技能を取得しろ。そうしたら、 私とトレードだ」
「駄目だ」
「───断る」
妙な危機感を覚えたふたりは、即座に拒絶の返答を口にした。


1999年3月上旬。

人類の存亡を賭けたはずの幻獣との攻防は、様々な意味で波乱の幕開けとなった。
願わくは善行司令の胃袋と速水厚志の堪忍袋が、出来るだけもってくれる事を、心か ら祈るばかりである。


「熊本波乱万丈・1999・3月彼岸前」に続く。……続くんかいなマジで(汗)


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